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管理人から現状のご連絡です。
セルカンは、3月28日までで東大を自己退職しております。2月頭から辞意を表明していましたが、ようやく自己退職が認められ、東大からその旨の書面も発行されています。その後、3月30日より兵役のためトルコへ出向いています。軍へはこちらからメールも電話もすることができません。管理人は、自己退職後、本人から事情を聴取することもなく突然に決行された今回の発表に大変驚いています。そして、管理人はセルカン自身が自分で提出した辞職願いについて、なかなか対応をしてもらえなかったことから、辞職願いの扱いについての問い合わせを確認してもらうように依頼した弁護士にお話を伺いました。それにより、その弁護士が東大の事務の方に、セルカンの辞職願いの扱いを問い合わせたところ、いきなり懲戒処分に関する通知が届いたこと、そしてそれに驚いた弁護士が懲戒処分に関しては依頼を受けていないと説明したにも関わらず、辞職願いに関して依頼されている以上、懲戒処分に関しても依頼されていることになる、と強弁し、セルカンに対して実質的には弁明の機会を与えないまま、本人が母国の兵役に出発してしまい連絡がとれない間に、懲戒処分を強行してしまった。とお聞きして、管理人はその強引な取り進め方に更なる驚きを感じています。
多くの皆様が今回の報道をご覧になり、このブログを訪ねてくださることを考え、本人とは連絡が取れない状態でございますので、せめて管理人個人が得ている情報のみをこちらで開示させていただくことと致しました。 2010.04.04 |
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ご報告
みなさん、ご無沙汰しております。
東大からコメントを差し控えるよういわれていたため、しばらくこのブログも活動を一時停止していました。 けれど、いつまでもみなさんに自分から状況を説明できないことを悲しく思い、また体調も優れないことから2月7日、東大を退職する気持ちを研究室の教授へ伝えました。2月18日僕は東大から呼び出しを受けました。僕が2003年に博士号を取った論文にコピーの疑いがあるとのことでした。通常、論文には多くの参考文献を使用します。僕も自分が使用した参考文献は論文にリストをつけて東大へ提出し、担当教授や東大のチェックを受け、結果オフィシャル・レコードのグレードはオールAという通知表が届き、7年前博士号をいただきました。僕の修士は論文形式ではなかったため、博士課程の学生として書いた初の論文でした。話を伺うとその論文と参考文献のリストが照合できるよう番号を振る必要があるのに、それが振られていなかったという僕の単純なミスにより、コピーだと言われているのだとわかりました。僕は3時間近い時間を費やし、求められる説明に精一杯話しをしました。22日の週には、退職手続きの件と一緒に連絡をいただけると聞き、僕はその部屋を出ました。 その後、3月2日の夜に突然明日お時間を、とメールが届き、3月3日東大の事務の方と会い、やはり博士号を取り消しますと言われました。退職手続きについては、担当者が進めますとのことでした。そして、本日、東大が僕の博士号を取り消すとマスコミ発表を行ったとメディアの報道を見た友人から連絡を受け、そのことを知りました。 東大がどのような内容で発表を行ったのか知らされていませんが、メディアの報道には「僕自身がコピーを認めた」と書いてあるそうで、それには大変驚いています。 以上が、僕からのこの件につきましてのご報告となります。たくさんの皆さんにご心配をおかけして本当にすみません。また今回からこのブログのコメント欄をクローズさせて頂きますが今まで頂戴した多くの応援に心からのお礼をお伝えします。 |
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榮久庵先生
先日、日本における工業デザインの第一人者である榮久庵憲司先生とお目にかかりました。彼は80歳になっているそうですが、東京芸術大学美術学部図案科の出身で、1952年に立ち上げたGKデザイングループ会長/株式会社GKデザイン機構 代表取締役会長として、現在も現役でご活躍なさっています。 世界的なキャリアの持ち主である彼のデザインの中で、日本のみなさんが一番ご存知なのは、1961年に発表された「キッコーマンしょうゆ卓上びん」のデザインでしょう。これ以降「しょうゆ=キッコーマン」と言う大ブランドが構築され、しかも発売以来一度もデザインを変えることのないロングセラーとなり今に至っています。また、最近、街でもよく目にする東京オリンピック2016年のロゴや新幹線E3系電車(こまち)、JR東日本253系や259系電車(成田エクスプレス)、ヤマハオートバイVMAXなども、栄久庵先生がデザインしたものです。 今回はお忙しい榮久庵先生のお時間をいただき、これからのデザインに関していろいろなお話を聞かせていただいたのですが、その中で私が非常に印象的だなと感じたものは、彼が言った「必要」と言う言葉、視点でした。よいデザイン、そして生き残っていくデザインとは、人にとって本当に必要だからこそ出来上がるものだ、と教えていただいたのです。 確かに、現在のデザイン社会を見渡してみると、デザイン性ばかり先走り人間が本当に必要としていないものもたくさんあるように思います。例えば、「お箸」のデザインもここ数年でしょうか、非常に多彩になってきていますが、「お箸」自体、日本人の生活にとって絶対的な必要性があってデザインされたからこそ、いままでもそしてこれからも決してなくなることのないデザイン作品として受け継がれているのだ、という視点を持って見ると、大変偉大なものであることが理解できます。目前の流行にとらわれず、「必要」という視点から何百年も先の未来を見つめてみる、大きなヒントをいただきました。 明日からトルコ出張となります。以前ブログでも書きましたが、「トルコ2023年」の学会です。また詳細ごは報告します。では、行ってきます。 |
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学園祭での講演
昨日は、埼玉県にある昌平高等学校という学校の学園祭イベントとして講演を行いました。秋晴れの気持ちよい日に、エネルギーに満ち溢れた高校生に囲まれ楽しい時間を過ごすことができました。その講演でもお伝えしましたが、学生の時は自分の中でコレをしているときは最高に楽しい!と思えることを見つけ、それに没頭することもよいと思います。今はその先に職業というものが見えなかったとしても、大人になり社会人となるとき、没頭していた時に得た知識や経験が生かせる未来がやってくる可能性は十分あるのです。時間は、過去から未来へ一方的に流れているものではありません。未来から見た今を生きる、そんな視点を持ってもらえればと願っています。
その高校で、建築家を目指す女子高生からブログを通じこんな質問をもらいました。下記に回答しておきます。コメントをどうもありがとう。未来の女性建築家に期待しています。 ○建築に興味を持ったきっかけは? 日進月歩に進化していく技術・テクノロジーの未来を考えた時、人間にしかできないもの、成し得ないことはなんだろうという疑問にぶち当たりました。そして私が思ったのは「デザイン」することでした。そこから、まずは建築に取り組んでみることにしたのです。 ○私にとって建築とは? 最終的には、私にとっての建築とは、未来を創造することと言えるでしょう。人が未来、どんな建築を求めるかは、未来の人間のありかたと密接に関わっているからです。 ○好きな建築物は? 最近興味を持っていて、今度調査でも行く予定になっているのは、オノヨーコ氏の「Imagine Peace Tower」です。アートと科学を上手く統合させたコンセプチャルな建築物だと思います。 |
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トルコ2023年
![]() 来週末からトルコへ出張となりました。トルコ国道交通省が開催する「第10回国際交通フォーラム」(9月27日〜10月1日)に参加を依頼されたからです。今回のトピックは「目的:2023年」となっており、1923年に共和国になったトルコが2023年に100周年を迎えるにあたり、どのような国になっていくべきか、そしてどんなビジョンを持ち未来を創っていくか、そうしたことに関するディスカッション、パネル発表などが行われます。 http://www.ulastirmasurasi.org/eng/main_page.html 参加者は交通、コミュニケーション、インフラ、そして航空宇宙における各国研究者や国道交通大臣、大学や大企業の代表者の方々です。私が参加するセッションは、未来の航空宇宙分野における技術やイノベーションのあり方がテーマとなっています。フォーラムのプログラムでご覧いただけますように、私は大学教員及びトルコ人初の宇宙飛行士候補という視点から、トルコが国際国家として目指す方向、改善が必要な分野などを自分自身の経験を通じ参加者の皆さんにお伝えすることになっています。同じセッションには、エアバスやボーイング、トルコ航空など、航空宇宙と深く関わっている専門者も参加するので、私自身も新しい情報や刺激をもらえるいい機会となるでしょう。 また、トルコの未来を考えること、そのために様々な提案、活動をすることは決してトルコだけの問題ではなく、国際社会、世界と通じる意味のあることだと考えています。人は一人でここに存在しているわけではなく、綿々と続く世界の歴史のなか、そのどこが抜け落ちても、自分はここに存在しなかったのかもしれないのです。残念なことに、自分や自国に自信やアイデンィティを持てないとき、心のすさんだ醜い出来事や残酷な戦争などが引き起こされます。自分が今、ここに存在していることに確固たる自信を持つこと、お互いに尊敬しあうこと、これは例えどんな未来がやってきたとしても決して変らない大切なものである、私はそう確信しています。 |
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